2017年01月05日

2015/2016前期 千葉大学@

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以下は数ヶ月前に書いたものなのでこれまでの記事と齟齬があるかもしれない。

6月の半ばに届いたと思う。
確か届いて数日で見たはずだ。

成績開示書は2枚あり、1枚目には2次試験の総合点のみが書かれている。
開示は不合格者しかできない。

センター 417/450
個別学力検査総得点 622/1000
計 1039/1450

合格者最低点 1014点
大学HPでも見れるので一応載せておく。
http://www.chiba-u.ac.jp/exam/gakubu/gakubu_kako.html
※pdf   合格者の平均点・最高点・最低点(前期日程)
http://www.chiba-u.ac.jp/exam/gakubu/files/H28_zengou.pdf


成績開示書類の内容は「自身の2次試験の総合得点」、「受験生の得点分布」、「合格者の最高点、最低点、平均点」のみで各科目別の得点や結果(合格・不合格)の記載すらない。


判定基準は学部入試案内の項の『一般入試』のpdfに記載してある。
http://www.chiba-u.ac.jp/exam/gakubu/guidance.html
※pdf  http://www.chiba-u.ac.jp/exam/%EF%BC%A829ippannyushi4.pdf

(2) 入学者判定基準
  (ウ) 合否判定基準
教育学部、工学部、医学部
個別学力検査等の得点が当該学部・学科等受験者(※)の平均点に満たない教科・科目等があった場合には、不合格とすることがあります。

医学部の個別学力検査等は「数学」、「理科」、「外国語」、「面接」の4つ。
しかし数学や英語が少しできなかったからと言って不合格とするとは考え辛い。
また面接点がいくらであったか不明瞭だが、合格者や受験者平均よりは低い点が付いているはずであり、それを含めても合格者最低点は超えているので、学科の点が受験者平均を下回っているとは思えない。
一方面接については、受験生に基本的に100点満点を与え、一部の基準に満たない受験生に100点未満の点を与えれば、「平均点に満たない教科・科目等」があることになるので記述通り不合格とすることができる。
とすれば受験者平均と大きく差がついているのは面接点であると考えるのが妥当だろう。

基準に満たないとは具体的にどういうことか

入学者受け入れの方針 ー 医学部
http://www.chiba-u.ac.jp/exam/gakubu/adpolicy.html
※pdf   http://www.chiba-u.ac.jp/exam/9igaku.pdf
千葉大学医学部入学者受入れの方針
2 入学者選抜の基本方針 医学部では,本学部の教育理念・目標に合致した学生を選抜するために,学力検査, 調査書のほか,複数の面接官による面接試験を行うことにより,志願者の能力や資質を 総合的に評価して選抜します。

調査書や面接試験を重視していることはわかった。
「本学部の教育理念・目標」とは具体的に何か。

HPを探してみるが見つからない。
(※追記 翌年度のものであるが見つかった 大学案内2016-2017 ※pdf  http://www.chiba-u.ac.jp/exam/16-17daigakuannai.pdf)

願書のついでに取り寄せた大学案内に以下のように記述があった。

千葉大学医学部入学者受入の方針
医学部では基礎学力があり、健康で多様性に富んだ次のような素質を兼ね備えた人を求めています。

1. 創造性に溢れた理論的な思考のできる人
2. 高い倫理観と強い使命感を持つ人
3. 世のため人のために誠心誠意尽くすことのできる人
4. 将来の日本および世界の医学をリードするような高い志を有する人


上記文を検索して漸くたどり着くことができた。

医学部 入学案内 - 医学部アドミッションポリシー
http://www.m.chiba-u.ac.jp/admissions/undergraduate.html/

これらの項目を満たしているかどうかを一体何で判断しているのだろう。
別記事に記すが面接試験では再面接となっており、合否の判断はそこでなされたはずであるが、そこでの受け答えでは理論性や倫理観に欠けた受け応えも、誠意や志に欠けた態度があったのだろうか
自覚がないだけだろうと言われればそこまでだ。録音しておかなかったことが残念だ

上の方針が現場でどのように考慮されたかはわからないが、倫理的に医師になるにそぐわないような発言があったのだろうか

試験や入学者受け入れの基準の記述が曖昧だ
受験生としては勉強に手一杯でそこまで情報を集めている余裕はないし、どこの大学も同じようなことを書いているのでよくわからず受けてしまう
この不明瞭な基準では多少の減点があるとしても不合格になるとは思わない
実際まともな受験生には問題ない



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2017年01月04日

2015/2016 センター試験

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自己採点
834.6/900 92.73%
国語 187/200 評50 小45 古50 漢42
英語 193.6/200 (242/250)
 筆記 196/200
 リス 46/50
数学TA 88/100
数学UB 98/100
物理 91/100
化学 91/100
倫政 86/100

今回もマークミスはなかった。そしてこれ以上無いほど上手くいった
センターについては結局限られた時間の中で澱み無く問題を解くための自分なりの方法論をいかに確立出来るかにかかっているのだと思う
模試と本番では問題傾向も自身のメンタルもやはり異なる
模試や過去問が出来ていても本番では一度や二度は問題に詰まることがあり、その時に自分の中で一定の基準を持って解答するには、自分の成績や実力、勘を過信せずにいつも一定の方法論に従う謙虚さが必要だ
その謙虚さを二次試験の最後まで保てなかったことが私の最も致命的な過ちだろう
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2017年01月03日

雑記

ちょっと気を抜いたら年が明けてしまった
こんな生活で正月休みのつもりもないのだが、 自己の至らなさに向き合うのは苦痛であり億劫でもあるので筆が遠のくのだと思う
そしていざ書いたものを読み返してみるとくどい文章でうんざりする
書いているうちは夢中で気づかないのだ
推敲が必要だが見てくれる人もいない
書くことも残り少ないのでどうにか仕上げてしまいたい



・一年を振り返る
この一年はろくに勉強もしなかった
何故だか急に頭に靄がかかったようになって何か考えようとしても頭に入らない
夏頃までは騙し騙しやってきたが、秋からは調子が落ちていく一方だ
今では去年覚えたことすらあやふやになっている
苦労して時間を欠けて覚えたことはそれだけ簡単には忘れない、と思っていたがこんなに脆いとは思わなかった
何より医学部で医師免許をとっても自分に医師になる資格があるのか、と思うと自分がしていることは全て無駄なような気がしてしまう

こうやって取り返しがつかなくなるまでグダグダ生きていくのだと思う
いつもぎりぎりになってから、あるいは手遅れになってからでないと動けない
危機感が足りないのだ


・レインマン
前から心理学や心の病について興味があり、最近本や映画を見ているのだが、自分にも当てはまるのではないかと思う箇所が多い
ADHDやアスペルガー症候群、発達障害等について読むと自分のことを言っているようで苦い気分になる
この手のものは血液型占いのように大なり小なりある程度誰にでも当てはまることを書いているのだと思うが、繰り返し読んでいると本当に自分がおかしくなっているのではないかと感じてしまう

最近見て特に印象深いのは『レインマン』である
ダフティホフマン演じる自閉症患者が主演の映画だ
自閉症の特徴は大きく3つあるそうだ
@社会性の障害…他者と上手く付き合うことが出来ない
Aコミュニケーションの障害…言葉の発達の遅れ
B常同性への執着…いつも同じ状態、毎日の習慣に拘る
自分にも共通するところがあるように感じた
自分が共感したのは、紙に書き留めないと気が済まない、目に入った文字等を無意識に読み上げてしまう、自分の言いたいことを一方的に喋ってしまう、等だ
一方しっくりこない所も多かった。ADHDの方が自分にはより近いかもしれない
同じく不注意、多動性、衝動性が三大特徴らしいがそれにまつわる作品を見た覚えがない
今度見てみようと思う

医学部の面接は大学病院に務める現役の医師が行うから精神的に疾患を持つ人間は面接で排除される、と言う話を聞いたことがある
精神科の専攻は極一部で大半は研修医の時に少し習ったきりではないかと思うが、ここではおいておこう。医師でなくとも余程おかしな人間や嘘をついたり薄っぺらな人間は見れば分かるものらしい
何年も同じ勉強を繰り返すことにあぐらをかいていた自分が新しい環境でやっていけるはずがない。それを見抜かれていたのではないか
5分や10分でそこまで分かるだろうか

思えば昔からじっとしていることができなかった
授業中も話を聞いているはずが関係ないことを考えて上の空ということが多々あり、意識を繋ぎとめるためにノートに延々と板書をとっていた記憶がある
朝起きることが出来ない時期があり、母に起立性調節障害(だったと思う)ではないかと指摘されたことがあった
これは精神と関係しているかはわからない。自律神経の疾患らしい

昔から人の気持ちを考えることが出来ない人間だったと思う
そういえば気づかないうちに人を怒らせていることが多かったような気もする
自分で問題ないつもりでいても人から見たらどこかおかしいのだろう
過去にはそれを指摘してくれる人もいたが今はいない
起こられるだけで済むならいいが、面接ではそれが致命傷になる
記憶する限りでは面接で変な顔をされることはなかったし、勿論怒られることはなかった
概ね和やかだった、笑い声が聞こえることさえあった
全て無意味だった
雰囲気が良いとき程怖いと思うべきなのかもしれない

こういうことを考えるようになったのはここ1年足らずのことだ
元からおかしかったのだろうか
今まさに狂いつつあるのだろうか
posted by カロザース at 00:00| 雑記・省察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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